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ブラックプール

最後に休暇で旅行に出掛けたのはいつですか?日本人は必ずしもすべての休暇を取るわけではないことで有名ですが、英国人は真剣に休暇を取ります。

休暇旅行に最初に出掛けたイギリス人は裕福な若い貴族で、ヨーロッパを数ヵ月かけて周り、パリ、ローマ、ベネチアなど、すべての有名な場所に滞在しました。これは「グランドツアー(欧州周遊旅行)」として知られていました。

18世紀の半ばには、イギリスの富裕層のあいだで、海辺の空気を吸い海に浸かる(健康に良いと考えられていた)ために海岸地方へ旅行することが流行しました。英国の北西の沿岸にあるランカシャー州のブラックプールは人気の旅行先となりました。

リバプールの北およそ27マイル(45キロ)に位置し、アイルランド海にあるブラックプールには7マイル(11キロ)に渡るとても長い砂浜があります。この砂浜は幅もとても広く、潮が引くと、堤防(海水が道に流れ込むのを防ぐために砂浜に建てられた壁)の上からでも海が見えなくなります。

1781年、私道が建設されブラックプールへ容易に行けるようになり、この年にマンチェスターからの駅馬車の営業が開始されました。19世紀の初めには、ブラックプールの人口が増加するにつれて休暇用の別荘など新しい建物が建てられました。

しかし、最も大きく変化したのは1840年代に鉄道が建設され、鉄道ネットワークに接続され、英国北部の工業都市へのアクセスが可能になった時です。それにより、労働者がブラックプールへより速く、より安く行けるようになりました。ランカシャー州の紡織工場の工場主にとって、機械を補修・修理するために、毎年1週間工場を閉鎖するのが通例となりました。これらの休みは“wakes weeks(年次休暇)”として知られました。各町の工場がそれぞれ別の1週間閉鎖され、ブラックプールには夏の間中、コンスタントに旅行者が訪れました。

ブラックプールは急成長の波に乗り、大人気となりました。19世紀の末までに、ブラックプールには3つの桟橋が作られ、3つの桟橋を持つ唯一の海辺のリゾートとなり、世界初の通りのイルミネーション、路面電車、ロンドン郊外で最大のオペラハウス、数えきれないほどのパブ、フィッシュ&チップス店、占いショップ、ビーチでのロバ乗り、そして1894年に開業した、パリのエッフェル塔のミニバージョンで町のシンボルとなる最も有名なタワーなどができました。

1880年代までには年間300万人の観光客が訪れていたと推定され、その多くは1週間滞在しました。

宿泊施設として、家族は大きなホテルや、“宿泊+朝食”または“宿泊+朝食+夕食”を選べる、日本の民宿のような小さなプライベートホテルである“ボーディング・ハウス”に泊まることができました。

長い午後の時間はビーチで、両親はデッキ・チェアを借り、子供達は水着に着替えてボールや“バケツとスコップ”で遊んだり、海のそばに置かれた小さなプールに入ったりして過ごすことができました。

夜には、子供達を宿の女主人に預け、両親は街に出て、コンサートに行ったり、タワー・ボールルームやウィンター・ガーデンでダンスを踊ったり、パブでみんなで歌を歌ったりして楽しみました。

1879年には、盛大な光のフェスティバル、“ブラックプール・イルミネーション”が始められました。このお祭りは9月から11月まで開催され、それによってホリデーシーズンが延長されました。イルミネーションには100万個を超える電球が使用され、遊歩道沿いに6マイル(10キロ)に渡って続きました。また、路面電車が海賊船やロケットなど様々なデザインに飾り付けられました。

1951年までに、ブラックプールの人口は147,000人となり、極めて人気の高い旅行先となりました。20世紀の終わりに向けて、安い航空券とパッケージ・ツアーの台頭によりブラックプールへの観光客は減少しましたが、それでもまだ主要な観光地であり、おそらく世界で最も有名な海辺の町でしょう。