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KCPの和訳講座:英文和訳のポイント

第1回 直訳か意訳か

翻訳(英文和訳)をする際に、直訳がいいのか意訳がいいのかということがよく論じられます。そして、しばしば、「直訳」は「悪訳」の代名詞のように言われます。確かにいかにも翻訳しましたと言わんばかりの文章に遭遇することが多々あります。例えば、ある翻訳演習から次の例を拾ってみました。皆さんは、この文のso thatをどの様に訳しますか。

・・・trials are also doubled-blinded so that the researchers do not know to which groups subjects are assigned.

大概の方はまずso thatの意味を辞書で調べるでしょう。辞書には「故に、〜であるが故に」などの訳語が載っています。そしてこの訳語を使って次のように訳すのではないでしょうか。

・・・試験はまた二重盲験化され、それ故に研究者達は被験者がどの群に割付けられたかを知らない。
そしてこの和文を読んだ読者は「これはいかにも翻訳だな、なんかたどたどしくて読む気にならないよなぁ。」となってしまうのです。それもそのはずで、この翻訳者さんを含めて現代の日本人は日ごろ自分が書いている日本文で「それ故に〜」という表現はまず使わないのです。ところが、その同じ日本人が英文和訳となると上の様な日本語を平気で書いてしまう。このため直訳=悪訳と評されてしまうのです。

では、日本語としてもう少し自然な表現にすると上の訳文はどの様になるでしょうか。

・・・被験者がどの群に割付けられたかを研究者達に知られないように、試験を二重盲験化もします。

どうですか、日本語としてかなりこなれてきたと感じられるでしょう。そしてこの訳文は英文の単語を全て使っているので、原作者の表現を忠実に日本語で表現しています。その意味で直訳となっていますし、和文も日本語として自然に表現されているのです。これが私の目指している「直訳」です。

直訳には外国語の知識も重要ですが、それ以上に日本語の表現力、つまり自然な日本語の表現法をどれだけ知っているかが重要なファクターとなります。

一方、「意」訳とは「原作者の意図を推し量り、必ずしも原文の表現にとらわれずに翻訳をする」ということです。そこには原作者の意図を翻訳者が「推し量る」という余計なプロセスが加わっていて、原作者の表現を忠実に(他国語で)再現するという翻訳者の役割を超えた越権行為になっています。解釈が妥当であればまだいいですが、解釈を間違えていれば翻訳者として致命的な過ちを犯すことにもなります。

私が日ごろ行っている、翻訳の手順としては;

  1. まず原文に従って、ぎちぎちの直訳をする。
  2. つぎに、そのぎちぎちの直訳文を、意味を変えずに日本語として自然な表現に変換する。

このときに、ぎちぎちの直訳文で使われた主要な漢字や主語・述語などは極力いじらずに、「て・に・を・は」やひらがな部分の手直しを心がけると案外とうまくいきますので、試してみてください。

しかし時として、直訳は「誤訳」になることもありますので注意が必要です。例えば、次の英文を訳してみてください。
Mary is not alone.
できましたか。
辞書で調べるとaloneは「ただ〜だけで、ただ一人(で)、一方的に、単に、唯一の、離れて・・・」とありますので、「メアリーは一人ぼっちじゃない。」と訳された方は居ませんか?ブッブー、この様な訳は直訳ではなく「誤訳」です。
辞書を引くと殆どの方は最初の数語のなかから(適当に)訳語を選んでしまいます。しかし、本当に適切な訳語というものは辞書の後ろの方にあると思ってください。つまり、この英文の訳は;
メアリーの様な人はざらにいる。
が正解です。直訳と誤訳は紙一重ですので、十分注意しましょう。

デハデハ・・・ytrans.com

第2回に続く・・・